10月16日のテロ
日本でも結構報道されたのですが、10月16日の金曜日、秋の学校の2週間の休暇前の最後の授業があった日にパリ近郊イヴリンヌ県とヴァル・ドワーズ県の県境で起きた中学教諭斬首惨殺事件。
日本では殺人の仕方があまりにも残酷なので猟奇的な捉え方、また犯人を即射殺したことに反発している意見も垣間見られていますが、静止と投降の呼びかけにも従わずにテロリストがピストルを発射してきたなら当然の処置であると思います。日本の警察ならどうしますか?取り押さえそこなって犯人逃亡、さらに被害者が増えたでしょうね。
日本で29年前つくば大学教授が同じ様にキャンパス内建物で惨殺された事件があって、これは迷宮入りしていますが、ここに来てこの事件を思い出しました。当時は情報の伝わる経路が今とは全く違うのであ~、あの頃新聞に出ていたな、という認識でしたが改めて調べてみると発端は同じであることに今更気づいたところです。
事件の経緯
- 10月5日(月)
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イヴリンヌ県、コンフラン・サントノリンヌで公立中学の社会科を教えるサムエル・パティ教諭(47)は、「表現の自由」を取り扱った授業で過去シャーリーエブド社の新聞に掲載されたムハンマドの風刺画を題材にした。この題材は2015年の同社襲撃テロの後、2017年からカリキュラムに入れられた「表現の自由」についての授業の中、実際に起きたテロの事実を改めて教え、表現の自由について共に考えるために過去3年間パティ教諭が使用してきたものである。この題材を扱う際にはその都度イスラム教徒の生徒には、これから見せる絵は不快感を与えるので教室から出るように促し、過去何の問題も起きてはいなかった。
ただ、今年はひとりのイスラム教徒の女生徒が出ていかず、教室に残った。(と女生徒本人が語っていたが、これも後で覆され、女生徒はその日は病気かなにかで学校を休んでいて授業自体受けてなかったという。要するに父親に告げ口した内容は他の生徒から聞きかじった話からの捏造らしい)
- 10月7日(水)
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その女生徒の父親ブライム・クニナ、48歳(現地マスコミ報道では名字はなぜか常にイニシャルのみ!)は娘の「パティ教諭にムハンマドのひどい漫画を見せられて、さらにそれを侮辱された」(この報告内容のほとんどはでっち上げと見られる)という報告を聞きフェイスブック上にパティ教諭を非難する書き込みを開始、パティ教諭を教師職から除外する(解雇)を要求する運動を呼びかけた。まさにモンスターペアレントである。
- 10月8日(~週末にかけて)
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この朝、この父親はこの中学の校長と面談の予定だったが、驚いたことに[フランスのムスリム聖職者の責任者]と謳っているが、実はテロ要注意人物としてもマークされている有名な活動家、アブドゥルハキム・セフリウィを同伴して現れた。二人は「生徒たち(自分の娘だけではないということか?)はポルノグラフィー(???)を見せられて精神的に傷ついている、この危険な教師をなんとかしろ」と要求。しかしパティ教諭との対面については拒んで学校を後にしていた。二人は何度も中学校の門前で父兄に呼びかけ、パティ教諭の解雇要求運動への参加を求めている。
そしてこの父親は、SNSにビデオを追加、教諭を[ならず者]と呼び、さらに運動を続けた。このビデオはパリ北東郊外パンタンのモスクのFBをも通じて恐ろしい勢いで全国(そして全世界)に拡散された(多くは携帯メッセージアプリWthatsAppによるURLなどの拡散と想像される)。これに賛同する人々が何とごまんといたとのことだったが、その中にアブドラク・アブイェドヴィッチ・アンゾノフ(18)、モスクワ出身のチェチェン難民がいた。12年前に親に連れられて入国、おそらくフランスでも少しは就学していたと思われるが今年3月に成年に達した際に楽々と10年滞在許可証を取得。(10年カード申請/取得に苦労している日本人から見るとナニ??と思われるが、難民申請が通った人間にはこの待遇をしているようだ)これまでテロ関係ではマークされてはいないもののこの[18歳にしてはガタイがいい]難民の男は既に多くの小犯罪に手を染めていた。さらには犯行前シリアのイドリブにいるロシア語話者のイスラム過激派と接触があったことがその後の捜査でわかっている。また、チェチェンに残っている親戚が以前イスラム国のメンバーを匿っていたという噂がある。さらにアブドラフの叔母(父親の異母妹)は2014年にシリアに渡りイスラム国に参加、その後の行方はさだかではないという。
携帯アプリWthatsAppを通じてテロ実行に至るまでアンゾノフはこの中学の女生徒の父親と何度もメッセージを交換、あるいは直接携帯電話で会話している。その後さらに10分間に渡るビデオがSNS(YouTube)にて流された。このビデオにはくだんの女生徒、その父親、そしてセフリウィが出演して、パティ教諭の名前、中学校名、場所を晒して「このならず者教師は公立学校でイスラムとその預言者を侮辱した」「これはマクロン(大統領)が引き起こした」などと言っており、賛同者にこの件についてムスリムヘイトからの保護団体への連絡連携を呼びかけていた。(これらFBへの書き込みやYouTube動画はファトワーにあたると解釈されている)
そして親子は地元警察に「ポルノグラフィーを教室で見せられた」などと訴える。(この親子は14日に警察署に呼び出されていたが現れず。) - 10月12日(月)
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パティ教諭は誹謗中傷および脅迫されていると感じ、校長に付き添われて警察に父兄から誹謗中傷を受けている旨、名誉毀損の訴えを行った。
- 10月14日(水)
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クニナ親子は警察に召喚されていたが不出頭。
- 10月16日(金)
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アンゾノフは昼過ぎコンフラン・サントノリンヌから約100キロ離れた居住地のエヴリュー県から共犯の友人の車で現地に到着。パティ教諭の名前は知っているが顔を知らないので14時ごろ門のところに居た男子生徒2人に金を払い、「ムハンマドをバカにした悪いやつなので写真に撮って屈辱を与え、殴って謝罪させる必要がある」などと言って教諭が出てくるまで一緒に居るよう頼む。
およそ3時間後の17時ごろ、パティ教諭が出てくると金をもらった生徒たちは「あれがそうだ」と示唆、アンゾノフは教諭の後を追った。
パティ教諭は隣の県の自宅までわずか徒歩10分ほどの道のりの途中、人通りもあまり無い住宅街でアンゾノフに襲われた。凶器は刃渡り30センチほどの肉切包丁で、上半身だけを執拗に狙われていた。
犯行の直後、現場でアンゾノフは自身のツイッターにメッセージとともに教諭の亡骸の写真をポストして拡散を狙った。メッセージは「異教徒のリーダーマクロン、ムハンマドを軽蔑する勇気がある貴様の地獄の猟犬の一人を処刑した。我々による厳罰が下る前に貴様の仲間を落ち着かせろ」という大統領名指しの挑戦的なものだった。(注:イスラム教では犬はけがわらしい動物とされている)
実は一連の出来事に先立って犯行のちょうど2週間前の10月2日に、大統領による対イスラム分離主義勢力政策の予定についての演説およびプレスコンファレンスが偶然にも同じイヴリンヌ県の別の市にて行われていた。ここで大統領は「フランスに散見されるイスラム分離主義はフランス共和国の精神に反するが、これまで長い期間に渡りこれを放置してきたのは政府の責任である。我々はフランスにおけるイスラムを規定する新しい法律を12月9日に明らかにする予定である、・・・・」と演説したが、過激主義者が聞くと必ず反発するだろう内容である、しかもこれは即日メディアを通じて全国に流された。
アンゾノフは徒歩で逃走、すぐそばの県境を越えて隣県の住宅街に入ったところ連絡を受けた国家警察の部隊に発見されたが、降伏を拒んで抵抗したために弾丸9発を受け、ほぼ蜂の巣状態で射殺された。 - 事件の翌週
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直後の週末はあちらこちらで追悼デモや集会が行われた。また、水曜日21日の夕方ソルボンヌ大学構内にて国家追悼式が行われ、パティ教諭は死後レジオン・ドヌールを叙勲された。
捜査の結果アンゾノフの家族および手助けした友人の面々、女生徒の父親とセフリウィ、そしてアンゾノフに買収されてパティ教諭を特定した中学校生徒2人が捉えられ、裁きの日を待つことになった。(中学生徒は監視付きという条件下で釈放)
ロシアから来た難民が起こしたテロ事件ではあるが、ロシアは「12年前に国をみずから飛び出し難民としてそちらに住んでいる人間の行状は当方とは無関係」との見解を出している。
不運な偶然の重なり
このテロは被害者に不運が重なった事件とも言うことができます。
上でも書いたように10月初めに大統領が[フランス社会に馴染むフランス国内におけるイスラム教整備]のプロジェクトを公にし、その直後の月曜に問題の授業がありました。
日本ではそれぞれの学年で教える順序が結構かっちり決まっていますが、この表現の自由の授業がカリキュラム的にこの時期でなければいけなかったのかどうか、わたしはフランスの学校の授業内容に疎くてわかりません。しかし実際にパティ教諭は例年どおりの内容の授業を「予定どおりいつものように」行い、今年たまたまクラスに存在した問題の女生徒とその親に、SNSで実際とは多くの部分で異なる出来事をアイデンティティーとともに晒され、何百人ものに拡散され、それがテロリストに伝わって犯行に結びついたのがこの事件です。
以前なら、当該学校と保護者や市の関係者などローカルな対応で牧歌的に収拾していたような問題が100キロ離れた遠くに居るテロリストの即時行動を許してしまったのです。
パティ教諭は生徒一般からは信頼され、人望も厚い良い教師でした。
それが、
分離主義への政府の辛口対応のプロジェクトを聞いたすぐ後だった
たまさか受け持ちの生徒にちょっとおかしな子がいた
その親がモンスターでしかもSNSを[うまく]使うことを知っていた
悪い条件が重なった悲劇です。これまでもテロリストがSNSや携帯で連絡を取り合うことはたくさんありましたが、SNSが[悪用]されてテロにつながった初めてのケースではないかと思います。仏政府はSNSやネットの怪しい投稿のアラート報告を受け付けるサービスの強化に務めるとのことですが、はてどうなるのでしょうか。
SNSの怖さ
このSNSの怖さについてはテロでは無いにせよ、日本でもこれまで犯罪のもとになったことも多いですね。
FBなどは本名登録が推奨されているので本名を使っている人も多いはずです。わたしもFBは本名登録ですが、プロフィール画像は物体の画像にしていますし、投稿内容にアクセス可能なのは友人登録者のみにしてあって、その友人も信用できる旧知の友人のみに限定してあります。見ず知らずの人からの友達申請には無視で応答しています。そして念の為住所や住まい生年月日や過去の出来事については白紙、ニックネームで使っている他のSNSなどとは完全に切り離しています。
事件後のあるアンケートではSNSなどは実名登録にすることに賛成する人が回答者の7割を越えているのを見ましたが、とどのつまり言論の自由が阻害されるのでこれには賛成しかねます。本名では誰も本当の意見を書き込まなくなるのではないでしょうか。
しかし匿名であっても使用しているIPアドレスから投稿場所が特定され、そこから投稿者の特定が可能です。これを利用しての犯罪捜査では犯人特定に使えるわけですが、逆に悪い連中から投稿者個人が特定されてしまうこともありえる訳です。
犯罪に手を染めることの無い普通の人でも自分のIPアドレスが丸見えだと気味悪いですね。先日も日本のご存知noteという無料投稿サービスでのIPアドレス漏れ事件がありました。これは無料でできるサービスの怖さを実感する事件でもありました。
仏製品ボイコット運動始まる
事件から10日後、トルコはじめ中東やアフリカなどのイスラム教国家がマクロン大統領を「我らの預言者を冒涜する表現の自由を主張した」などで非難、フランス製品のボイコット運動も始まっています。
10月2日の演説は移民問題への対応遅れへの非難に答えると同時に18ヶ月後の大統領選挙に向け、これまで支持層ではなかった国民へのアピールとして行われたものですが、言明どおり12月に新法案がこのまま発表されるかどうかはさて、不透明になりました。
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